では、それ(スプーン、引用者注)が消えたのはどうしてなのだろうか。スプーンはいうまでもなく液体やくずれやすい食べ物を口に運ぶ道具である。器から直接に口へ流し込むことができるなら、必要ないのである。したがって、日本人がお椀に直接くちびるをつけて汁をすするようになったとき、スプーンは捨てられたのではないか。スプーンがなくなると同時に、食器を手に持って持ち上げるようになる。スプーン文化が残っている中国でも韓国でも正式には食器を手に持って食べるのは不作法である。日本のように椀はもちろん皿でも丼でも手に持つのはスプーンがないことと関係していると考えてよいだろう。
もう一つ大切なことは、熱い汁を、やけどしないですするにはスプーンが必要だということである。スプーンで運ぶうちに、わずかだが冷める。スプーンなしに熱い汁をゴクリと飲んだら口のなかは大やけど。ゴクリと飲むかわりに、すする。すするというのは、空気と汁を適当に混ぜ合わせて温度を下げている。空気を混ぜるから音がする。それで日本人は食事中に音をたてることを禁じないし、不作法だと思わない。スプーンがない以上、それは必要なことなのである。
熊倉功夫『日本料理の歴史』吉川弘文館、2007年、pp. 21-22
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